知らない興味ないで切り捨てるのもったいないよねって話

僕はかつてデュエマをやっていたが、それは最早10年以上前のことになる。8年ぶりに触ったTCGポケモンカードで、それ以降はその魅力の虜である。今年の四月からはポケカの傍らデュエプレもやっていたが、最近は3日に1回ログインすれば良い方になってしまっている。真面目にやったのは7月だけだった。それ以外は専らささぼー軍団が騒いでるのを楽しく見るだけとなってしまっている。

 

今日したいのはそんな日記以下の話ではない。なぜ僕が今筆を執っているかにも関係してくるが、今日の本題はデュエプレでの経験値が明確にポケカにも活きているという話だ。そしてそれは特に、相手の手札を読むということについてである。

 

まずデュエプレの話からしよう。基本的に初期手札と毎ターン最初の1ドローで得るカードを駆使して戦うのゲームである。毎ターンマナという、ポケカでのエネルギーに当たるものを1枚チャージし、しかもそのチャージしたマナを使いきることがデッキパワーの最大化につながる。つまり、毎ターン2枚は手札を使うことになるが、それでは手札がどんどん少なくなってしまう。また、ポケカのようにアドバンテージの概念を崩壊させるサポートのようなカードはなく、基本的に来たカードをうまく使ったものが勝ちとなる。小さなアドバンテージを積み重ね、その多寡を競うのがデュエプレの本質だと言えるだろう。

 

相手の手札がトップドロー以外で増える時、それは公開情報である可能性が高いゲーム性も踏まえると、少ないカードからアドバンテージを最大にするには、手札を最適なタイミングでプレーすることが大事になる。たとえば、除去札を使えるマナと除去札が余っていたとしても、それを大勢に影響を与えないカードに使ってしまうと後々出てくるゲームを決めるパワーのあるカードに後手に回ってしまう、などである。

 

適切なカードを適切なタイミングで使う必要があり、時には上に書いた前提を裏切ることも大事となる。つまり、序盤であってもマナチャージを行わないといった具合にだ。だが、それには相手の手札やデッキがどうなっているかを正確に予測することが必要不可欠である。相手の数ターン後の行動が読めていて初めて、自分の手札のどのカードが有効か不要かを判断することが出来る。そして、そのためのヒントは意外と少なくない。相手が重要と思えるカードをマナチャージしてきたとき、それは手札がダブついているか、異常に強いかのいずれかだろう。ポケカだけをやる諸氏には、クイックボールでクイックボールを切られたときの緊張感を思い出してもらえればわかりやすいかもしれない。

 

では、翻ってポケカにその経験を活かせる場面というのはどういう時だろうか。まず、博士やシロナといったハンドを一機に入れ替えるカードが横行すえうゲームで相手の手札を読むことはそれほど大きな意味を持たないと思っているかもしれない。強いて言えばゲームの終盤に相手がボスを持っているのか、あるいはドロサポを打って1ターンもらえるかどうかを考える人は少なくないだろうが、その時点で最早お祈りといった状況で読み合いの余地が残されていることはあまりない。僕が特に言いたいのは、序盤の話だ。今の環境で特に重要なのは相手が次のターンマリィかボスか他のドロサポを打ってくるか、あるいは自分がどのサポートを打つべきかといった場面だろう。

 

まず、マリィを打つとき相手の手札の枚数を聞く人は多いし、僕もやってしまうことがあるが、そのプレーは本当に正しいのか検討する必要がある。マリィかリセットスタンプが手札にあることがほとんど明らかになってしまう。これは情報面で大きなディスアドバンテージだ。結果相手の手札が少なくてマリィよりボスなど他のサポートを優先したとしても、次のターン間違いなく相手にはマリィをケアしたプレーをされてしまう。マリィを博士やボスと比較したとき、その判断基準は自分の要求をどれだけ軽くし、さらに相手にどれだけ要求を重くすることが出来るかであるべきだ。それは手札の多寡ではない。これはデュエプレではなくポケカなのだから、アドバンテージという概念に振り回されるのは愚かしい。もちろん、手札が多ければそれだけ相手に有利となることは間違いないが。

 

さらに、相手にマリィを打たれることを判断するということについて。あまった願い星で何かカードを加えようとしているとき、次のターンに必要なカードを持ってくるのか、逆に不要なカードを持ってくるのかしっかり考えているだろうか。たとえばボスを持ってくればマリィを打たれてしまうが、あえて持ってこなければ相手はマリィを打たず手札の他の重要札をキープしたままゲームが進むかもしれない。不要札を持ってきて手札を増やすことで相手にマリィを打ちたくさせ、結果として質の高いドローを実現できるかもしれない。もちろん、不要札を持ってきて使って山の質を高めるというパターンもある。もし相手のマリィを読めたなら、くちばしキャッチで要らない札を2枚持ってきてみてほしい。小ズガプレイヤーもマリィ連打されたらしゃーないわとかいうふざけた言い訳が出来なくなるだろう。また、猿知恵のあとふとうをしないというプレーも存在する。こちらの場合マリィではなくスタンプを要求する/要求するポーズを取ることが出来る。

 

では、その判断力を鍛えるにはなにをすればいいのか。それはやはり経験値を積むしかない。これまで僕は対面で練習するときにはお互いに手札を公開してそれぞれがどのプレーをしたいか、どのプレーをされるのが嫌かを議論しながらプランやルート、リストの最適化をしていくというスタイルを取っていた。これでは当然相手の手札を読むという視点は育たないが、リモートやジムバトル中心の練習に移行した結果、ふとした時から意識することが出来ていた。それ以降は相手の手札が何と何と何と、と当てる練習もした。それを身内の練習で出来た場合、相手の手癖を直す機会ともなる。たとえば手札2枚を伏せながら思案していたら大体クイックボールのコストで悩んでいるだろうというのがバレてしまう。逆にそれを匂わせるという筋もあるが。

 

こういった視点の獲得はある点でいくらかの人に嫌われることに繋がってしまったという自覚があるので、それについてはここで謝罪させていただきたい。ジムバトルで初めて当たった相手の手札を色々と読んで暗誦し、相手のプレー順序が間違っているであろうことを口走るなどは、練習の一環とはいえ不快感もあっただろう。申し訳ない。

 

また、相手に自分の手札を勘繰らせない所作も重要である。上に言ったようなことは当然として、猿知恵の後ふとうをするときは手札を混ぜてからエネを付けるなども少しでも情報を秘匿することにつながる(3エネつくときはその限りではない)。あるいは鋼エネやマリィ避けのカードを置いたあとに少しでも悩むと山に干渉するこの場で有効かもしれないカードを引いたことがバレてしまう。これも何を引いたらどうするかを想定してから猿知恵することで改善が望めるし、やはり経験こそが大事である。

 

TCGは情報のゲームである。それは有料記事の流行に見られるように、デッキやプレイングの情報に価値があるというのと同時に、お互いの手札から得る情報も重要であるということだ。

 

そして、是非とも何故こんな気色の悪い文章を書こうと思ったのかということに話を戻させてほしい。これはTwitterのタイムラインに流れてきたブログリレー企画に端を持つ。友人も参加するその企画は遊戯王の森羅万象をテーマに、各人が毎日1つのブログを書き、そのバトンをつなぐというものだ。その友人のブログは今日上がるらしいが、その前の人のクオリティが特に高く感銘を受けた。遊戯王をテーマにしながら多くのTCGに共通した学びのあるそのブログはとても面白く、読ませるものだった。友人の前走者の質があまりに高くハードルが上がり過ぎていることを外野の僕は高笑いしていたのだが、しかし、僕自身も何か書きたいという焦燥に駆られた結果がこの体たらくである。

 

遊戯王のテーマからポケカの学びを得るという体験に感動し、それにインスパイアされた文章を書いてきたがこれ自体はあまり中身がなかったかもしれない。ジラーチのくだりはタメになるかもしれないが、あとは大体誤差で、常に意識しても大きく勝率が変わるなんてことにはならないだろう。にしても、その視点を知らないだけで損をすることは多いかもしれない。読者のためになったのなら幸いだ。最後に、例の企画のリンクを色々と置いておく。遊戯王をやっていない、やったことのない人でも楽しめる文章が見つかるはずだ。

 

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